辛いことの一歩先には幸せがある話

「寂滅為楽(じゃくめついらく)」という
言葉を知っているだろうか?



迷いの世界から離れた心安らかな悟りの境地が、楽しいものであるということ。


を表す仏教用語らしい。



僕は信心深い宗教家ではないのだが、
古来から伝え続けられている言葉に、
気づきを与えられることがある。

みなさんは、過去の経験の中で、めっちゃ苦しかったけど、
あの時こそが安楽の境地だったと思えるような
経験がありませんか?


僕はあります。
高校時代の3年間のサッカー。

鬼のように厳しい監督のもと、
死にそうなぐらいの練習量と、
毎日鳴り響く罵声、怒号。



練習中は、精神的にも追い込まれる。

「お前なんかやめてしまえ」

「サッカーやる資格ないよ」

「練習せんでいい、ずっと走ってろ」




試合中にもプレーがイマイチだと、
ベンチに呼ばれ、
スパイクで殴られる。



炎天下の中、走り込みを強いられ、
身長190cmもある先輩が、
グラウンドの端っこで、
ゲロはいてた光景を
いまだに覚えている。

分かる人は分かると思うけど、
ガチンコ熱血型の昭和のコーチング。

今では絶対訴えられるレベルだとおもう(笑)



更に、チーム内には、
「みせしめ」役が選ばれる。
他の人より、
やたら厳しく言われる人がいる。


彼が激怒されることで、
周りの人の背筋もピーンと伸びるから。
その役割に選ばれたのが、

それが自分だった。

「君が今年のみせしめ役だからね」と
任命されるわけではない(笑)
自然とそうなる感じ。

 

 

かなり厳しい時期だったが、
今思うと、楽しい青春だった。
人生の中でも、もっとも充実した期間だったような気がする。


毎日身体のピークまで追い込まれるので、
怒鳴り声やプレッシャーで精神的にもズタボロになり、
疲れすぎて昼間はかなり眠くなった。

でも、進学校だったので、
勉学も頑張る必要があった。


それは仲間も同じだったんだよね。


ゲロ吐いたり、怒号を浴びせられたり、
きつすぎる練習の中、「トイレ」に逃げ込んだり。
部活の帰りのネタ話になる。

大人になっても、忘年会のネタになる。

鬼コーチのコーチング手法としては、
正しいかどうかというと、
今の時代にはそぐわない部分が多いとは思う。

今思えば、鬼コーチは人をみて、
その「みせしめ」役を見極めてはいたんだと思う。

メンタル的にやられる人なら、大問題になるからね。



良くも悪くも、多くを学ばさせていただいた恩師。
身体的にもも精神的にも毎日追い込まれる中、
共に乗り越えていった仲間の存在。
1日1日乗り切ることだけを考えてた時期。

あの経験があるからこそ、
いま、辛いことがあっても、乗り越えられている気がする。



人間は、いろんな煩悩がある。



お金が欲しい、

休みたい、

出世したい、

結婚したい、

時間が欲しい、



生きていると、
いろんな煩悩がある。


僕も煩悩の塊です。
ちょっと前にも強烈に気持ちが落ち込んだことがあり、
高野山の山奥でお寺に泊まり、プチ修行をしたことがある。

少し前の流行語である「自分探し」かな(笑)



「辛」って言葉に、「一」を足すと、「幸」になる。


辛いことの一歩先に待っているのは、「幸せ」

苦しくても「今」を一生懸命生きることが、最高の充実感。



そんな人生を、これからも過ごせたら良いなぁ。

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